チョウの記憶力

チョウを観察していて、非常に気になり考えさせられることがある。
それは、彼らには果たしてどれくらい物事を記憶する能力があるのだろうかということ。チョウは卵から幼虫の時代を経て成虫となるわけだが、チョウの一生の複雑な行動はすべて本能(DNAに仕込まれた遺伝情報)によるものだと言い切れるのだろうか。
エサのある場所で繁殖を繰り返すというのは生物全般に言えることだし、特定のエサを探す能力というのも本能として自然に備わっているので、自分で後天的に覚えた記憶によるものではなかろう。一部ミツバチなどの集団で生活する昆虫たちは自分で見つけたエサのありかを8の字ダンスなどで仲間に教えるというような例もないではないが、それは特別な事例だろう。
さて、チョウの場合だが、食草・植樹が広い範囲にあるにもかかわらず、なぜかその場所を特別に選んでいるかのように、かなり狭い範囲で毎年発生を繰り返すということが現実にある。さらに、興味深いことに、先に書いたムラサキシジミのように、100mほども続く
アラカシの生垣の中でたった1枚の枯葉(冒頭の写真の中央に見える)を越冬場所に選んで、しかもその1枚の葉にとても執着しているように見えるのだ。

今年1枚の枯れ葉を塒にして越冬しているのを発見して以降、1月中旬から3月中旬まで ずっと毎日観察を続けていたが、その間7回は半日~1日程度の短い期間、1回は8日間と比較的長い期間、その塒を離れたことがあった。しかし、いずれの場合もその場所にキチンと帰ってきていることにとても驚かされた(参照:「単独での越冬(続)」 「冷たい雨に打たれながらも」)。それは、その葉が他の枯葉とは違う特徴とその場所を覚えていて、そこに再び帰ってきているとしか思えない。どうやってその場所を覚えている(?)のだろうか。どうやって一旦離れたところからその1枚の葉を見つけ出せるのだろうか、非常に不思議な気がする。それはそのチョウ自身の記憶力によるものと思うのが自然なように思うのだが、どうであろう。それとも、記憶ではなく、例えば自分の匂いなどで何らかのマーキングをしていて、その場所を容易に探し当てる探知能力でもあるのだろうか。

また、卵が孵化するところから、幼虫を経て成虫として羽化するまで飼育していると、羽化したものはあまり飼育者を恐れないように思える。指をそっと差し出すと人の手を恐れる様子もなくすんなりと指に乗り移ってきて、手や腕の上を翅を時々開閉させながら這いまわる。もちろん、翅が完全に固化するまで彼らもすぐには逃げられないのでて大人しくしているだけということもあろうが、飼育者の立場から見れば、幼虫時代からずっと生活の場所とエサの面倒を見てくれたことを覚えていて危害を加えられる恐れはないと安心しているようにさえ思える(単に飼育者の自己満足・勝手な思い込みだろうか?)。渡世人ではないが、チョウも一宿一飯の恩義を感じてくれているようだ。試してみたことはないが、飼育者以外の誰がやっても羽化直後の成虫は同じ行動をとるのかもしれないが、私はチョウが飼育者を記憶していると思いたい(笑)。さらに言えば、幼虫時代のことを成虫になった後でも覚えているようにさえ思えるのだ。昆虫も人間同様に生まれながらに見たり・聞いたり・味わったりの知覚情報を脳で処理していると言われる。しかし、記憶力についていえば、集団生活をするハチなどの例を除くと、チョウが何か自身で経験したことを記憶できるかどうかについてあまり研究されてないためか関連しそうな文献がこれまでのところは見当たらなかった(あるのかもしれないが)。

(Henk)

参考 蝶図鑑 ムラサキシジミ

 

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